朝の冷え込みと、みそ汁を作る時間
今日の体重は66.2kg。起きて床に足をつけると、思っていたより冷たかった。まだ厚手の服を出すほどではないが、冷たい水だけで朝を始める気分ではない。湯を沸かしてから窓を少し開け、昨夜乾かしておいた鍋を出した。温かいものを用意する手順が、秋の生活の始まりになっている。
最初の食事は午前中の遅い時間にした。今日はみそ汁を少し多めに作り、昼と夜に分けて食べる。キャベツの芯は薄く、葉は大きめに切った。鍋に入れる順番を変えるだけで、芯が硬く残ることも減った。こうした小さい工夫は一度覚えると次も使えるので、難しい献立を覚えるより役に立っている。
みそを溶く前に火を弱め、豆腐を加えて少し待った。ごはんは冷凍したものを温め、納豆を器に移した。食材の種類はいつもと大きく変わらないが、温度がそろうと落ち着く。台所に立つ時間を短くしようとして全部を急ぐより、鍋を温めている間に一つずつ準備する方が、結局は動きやすかった。
一日二食の生活を続ける中で、食べる時間も少し見直している。夜が遅くなった翌日でも、必ず同じ時刻まで待つという決まりは作らない。今日は早めにお腹がすいたので、いつもより三十分ほど前に食べた。時間を守るために気持ちが落ち着かなくなるより、空腹の具合をメモして次の日の参考にする。
以前、夕食の時刻をきっちり決めてみたことがある。予定通りに帰れないと、食べる前から失敗した気分になるのが合わなかった。今は遅くなりそうな日に、冷凍ごはんとすぐ使える具を確保している。時刻を固定するより、帰ってから迷わず用意できる方が続いた。やり方を変えたことで、記録も途切れにくくなった。
昼過ぎに買い物へ出た。夏の間は避けていた日なたが、今日はちょうどよかった。目的の店まで歩き、帰りは少しだけ別の道を通った。歩いた時間は長くないが、外の空気を吸うと午後の区切りになる。消費した量を食事から差し引くような計算はせず、歩きやすかった服装と出た時刻を日記に書いた。
散歩から戻ると、机の位置まで日が差していた。夏は避けたかった光が今日は暖かい。カーテンを少し開け、飲み物を持って短く休憩した。夕食の準備を始める前に座る場所があると、台所で立ったまま何かを探す時間が減る。休むなら休む、食べるなら器へ出すという区切りは、自分にとって小さいが使いやすい目安になっている。
夜はツナを加えた温かいキャベツに、昼のみそ汁を合わせた。温め直す分は昼のうちに分けておいたので、鍋を何度も出し入れせずに済んだ。ごはんを温めている間に食卓を拭くと、食べ始めるころには片づけも半分終わっている。食後に大きな洗い物が残らないと、もう一品足そうという気持ちも自然に収まった。
今月の数字は少しずつ動いているものの、毎日軽くなっているわけではない。夜によく眠れなかった日や、外で食べた翌日も同じ欄に残している。うまくいった日だけ集めると、自分の生活の記録ではなくなる。今日も体重の下に、朝が寒かったことと、みそ汁を二食に分けて作れたことを書いた。
買ってきたねぎは、根元に近い部分と青い部分に分けた。今日は青いところを汁物へ入れ、残りは明日の料理に使えるよう包んだ。一本をどこまで切るか毎回迷っていたが、食べる分だけでよいと思うと手が止まらない。冷蔵庫の小さな容器が一つ増えたので、中身が見える向きに置いた。次に開ける時まで使う予定を覚えていなくても、目に入れば思い出せる。夕方の自分へ短いメモを渡すような準備になった。
台所の小さな窓を閉めるころには、外が暗くなっていた。食材の買い足しは明日でも間に合う。ごはんと汁物を用意できるだけのものが残っていると、夜の気持ちが急がなくなる。温かい食事を作る手順を、もう少し自分のものにしていきたい。今日は鍋を洗って伏せたところで、一日の記録を終えた。
