帰る道を少し変えて、春を待つ
今日の体重は64.8kg。前の記録より少し上がったが、食事の内容を大きく変えたわけではない。三月になっても朝は冷たく、上着を出す手はまだ迷わない。昼に外へ出た時だけ、風の中に冬と違う柔らかさを感じた。今日は買い物の帰り道を少し変え、川沿いの歩道を通ってみた。
家を出る前に、一回目の食事を済ませておいた。ごはんと納豆、豆腐とわかめのみそ汁。食後の食器を水につけたまま出ると帰宅後に気が重くなるので、今日は洗ってから靴を履いた。出かけるまでが少し遅くなったが、帰ってきた時に台所が空いている。外出の前後まで考えると、この順番は悪くなかった。
川沿いは風が通り、建物の間の道より冷えた。遠くまで歩こうとせず、一つ先の橋までにした。道端の低い木に小さな芽が見え、何度か足を止めた。速く歩いたわけでも、決めた距離を達成したわけでもない。それでも、いつもと違う道にしただけで、買い物の往復とは少し違う時間になった。
歩く時に画面を何度も確認する習慣は、少し減ってきた。以前は歩数を見ながら足りない分を考え、近くまで戻ってきても追加で歩くことがあった。その後に疲れて夕食が雑になることもあり、自分には続かなかった。今は帰って料理を作れるところで終える。今日は足先が冷えたので、橋のところで戻ると決めた。
店では春らしい野菜が目についたが、家にキャベツが残っていたので買い足しすぎないようにした。代わりにねぎを一本選び、ツナ缶の残りも思い出して必要な分だけかごに入れた。新しい食材を試す楽しみはあるが、今週食べられるかを先に考える。買う段階で半分くらい献立が決まると、帰宅してからの負担も小さい。
家に戻ると、歩いている間より暖かく感じた。上着を掛け、お茶を入れて座った。外で冷えた手をカップに添えながら、今日通った道を短く記録した。体重や食事だけを書いていた頃より、日記に場所のことが入ると一日を思い出しやすい。何を食べた日なのかだけでなく、どんなふうに過ごした日なのかも残る。
夜はキャベツとツナを温め、ねぎを加えた豆腐のみそ汁を作った。昼と具材が少し重なるが、野菜を別の形で食べると単調には感じなかった。ごはんは冷凍庫の手前から一つ使う。食材の置き方が決まってきたので、扉を開けたまま考える時間が減った。派手な変化はなくても、料理の始まり方が以前より滑らかになっている。
一日二食を基本にしながら、外へ出る日は最初の食事を後ろへずらしすぎないようにしている。今日は途中で空腹が気になることがなく、道を選ぶ余裕があった。食事の回数そのものより、その日の予定にどう収めたかの方が自分には大きい。出発前に食べたことも、歩いた道と一緒に残しておくことにした。
体重のわずかな増加を見ると、何かを減らしたい気持ちが一瞬出る。それでも、今日の食事には昨日の数字への罰のような調整を加えなかった。普通に食べ、歩き、帰宅して片づける。その流れを続けた一日として書く。長い記録の中に、こうした小さな上下が入っていることにも、だいぶ慣れてきた。
買ってきたねぎは袋から出し、冷蔵庫へ入る長さに切った。散歩の途中で考えていたことが、台所の手順に戻ると少し落ち着いた。外にいる時は次の橋や曲がり角を見ていて、家では鍋の火や食材を見る。気分を無理に切り替えるより、手を動かす場所が変わる方が自分にはわかりやすい。今日の歩道を思い出しながら、青い部分を汁物へ入れた。外の時間が少しだけ夕食まで続いたような感じがした。
寝る前に靴をそろえると、つま先に細かな土が少しついていた。歩道の端で芽を見た時のものだと思う。軽く払って玄関を拭き、次に出る時も履きやすいように置いた。次回は風の弱い日に同じ道を通ってみたい。何キロ歩くかより、今日見た木の枝がどう変わるかが少し気になっている。
