上着を替えた日、数字は少し戻った
今朝の体重は60.4kg。二月の終わりより少し高かった。昨日の食事を思い返しても、すぐに一つの理由が浮かぶわけではない。記録帳には数字だけを先に書き、いつもの支度をした。三月になったので薄い上着を出してみたが、外の空気はまだ冷たかった。着替える季節と、実際の暖かさには少しずれがある。
上着のポケットから、前に買い物したときの紙が出てきた。納豆、豆腐、キャベツと書いてあって、今の買い物メモとほとんど同じだった。食事の軸は思っている以上に変わっていない。以前なら単調だと感じたかもしれないが、食べるものを毎回決め直さなくてよいので、その分ほかのことに時間を使えている。
今日の最初の食事は、ごはんと納豆、豆腐のみそ汁にした。昨夜少し遅く食べたからといって、今日のごはんを抜くことはしなかった。数字が増えた翌日に何かを減らすと、また次の日にその反動を気にする。自分の場合、数日をまとめて慌ただしくしてしまうので、今日はいつもの食事へそのまま戻した。
みそ汁に入れるねぎを切りながら、包丁の切れ味が少し気になった。切り方が雑になると、ねぎがつながったまま残る。台所の小さな不便を放っておくと、料理そのものが面倒に見えてくる。今日はまな板を洗い、使う前の状態に戻すところまで済ませた。献立を変えるより先に、手元を整える日があってもよい。
午後に買い物へ出たら、通りの木の先が少し明るく見えた。歩くついでに花を探したが、まだ目立つものはなかった。季節の変化を見つけるために少し遠くを見ると、いつもの道でも歩き方が変わる。歩数だけを見ていた頃は、こういうことをあまり覚えていなかった。今日は帰りの坂で上着の前を少し開けた。
店では春らしい菓子が並んでいた。何もかも買わないと決めるのではなく、食べたいかどうか考えて一つ選んだ。持ち帰ったあと、食卓の上に出しっぱなしにはせず、食べるときに開けることにした。自分に厳しい規則を作るより、手が伸びるまでに一度考える間があるほうが、落ち着いて選べる気がしている。
持ち帰った食材をしまうとき、豆腐の容器に水滴がついていたので、棚を一度拭いた。袋を床に置いたままにすると、あとで何を買ったか確認し直すことになる。今日は買い物の流れのうちに全部しまい、空になった袋も畳んだ。小さな用事を一つ終えると、台所が静かになる。菓子の袋も別の棚へ置き、夕食までは見えない状態にしておいた。
夕食はキャベツを蒸し、ツナを合わせてごはんと食べた。蒸したあと少し置くと水気が出たので、皿に盛る前に軽く切った。今日は調味料を増やさず、仕上がりの水っぽさを変えてみた。食材の組み合わせが同じでも、こういう手間の差は食べたときにわかる。大きな工夫ではないが、次に作るときも覚えておきたい。
食べたあと、買ってきた菓子をお茶と一緒に食べた。昼に見たときほど強く欲しいわけではなかったが、食べ始めると季節の香りがしてよかった。今日はそれを食べた分だけ何かを追加で歩こうとは思わなかった。生活の中に普通の楽しみを残しながら、日々の食事を整えるほうが、長く続ける想像がしやすい。
記録を見返して、体重が増えた朝ほど説明を書きたくなることに気づいた。理由がわからないことまで、何かのせいにして文章を埋める必要はない。今日は食べたものと、少し寒かったことを書いた。それで十分その日が残る。今月の後半に読み直したとき、増えた数字だけでなく、春の上着を出した日だと思い出せればよい。
夜はもう一度、厚めの上着を手前に掛け直した。春の支度をしたからといって、寒いのを我慢する必要はない。食事のやり方も同じで、一度試したことをずっと守るより、その日の状態を見て戻せるほうが楽だ。明日の献立はまだ細かく決めていない。冷蔵庫の残りを見て、いつもの二食を用意するところから始める。
