春の外出、帰り道にパンを選ぶ
今朝の体重は53.2kg。明るい時間に外へ出る予定があり、一食目を少し早めに食べた。三月も終わりに近づくと、窓から入る光が冬より長く部屋に残る。今日はいつもの道から外れて歩いてみようと思っていた。出かける前にごはんと納豆を食べ、みそ汁を飲む。冷蔵庫の中を確かめてから外へ出れば、帰りが多少遅くなっても夕食には困らない。
上着は玄関で一度着替えた。朝に思っていたより外が暖かく、厚いものでは歩くうちに暑くなりそうだった。こういう季節は服を選ぶのに少し時間がかかる。体重が変わったこともあり、去年の服を着ると肩や腰の感じが違うものもある。小さいサイズを目指すというより、その日の気温と動き方へ合うものを着たい。今日は薄い上着を選び、かばんには必要なものだけ入れた。
歩き始めると、冬には目立たなかった枝先の色が見えた。花が開いている木もあり、その前だけ人が少しゆっくり通っている。自分も足を止めたが、写真は撮らなかった。どこまで歩くかを先に決めずに出ると、こういう時間を挟みやすい。運動のための距離を積む日ではなく、外の様子を見ながら用事を済ませる日だ。急ぐ理由がないので、信号も無理に渡らず一度待った。
用事が終わったあと、以前から前を通っていたパン屋へ入った。棚に並んだものを見ると少し迷ったが、食べたいパンと小さな焼き菓子を選んだ。ごはんが定番だからパンを避ける、という決まりはない。外へ出た日に普段と違うものを選べることも楽しみの一つだ。買った袋を持って店を出ると、焼いた香りが少し残っていた。帰るまでに中身がつぶれないよう、かばんの上のほうへ置いた。
帰り道では、近くの小さな広場でお茶を飲んだ。少し空腹だったので焼き菓子も食べた。立ったまま袋を開けず、座れる場所を探してから食べると休憩らしくなる。以前は予定外に何かを食べると、その後の夕食をどう変えるか考えていた。今日はまず、歩いてきた足を休めることだけを考えた。食べ終わるころには風が少し冷たくなり、上着を持ってきてよかったと思った。
家へ戻ってから、買ったパンを皿に出した。夕食はそれに野菜のスープを添えることにした。キャベツとにんじんを切り、冷凍していた豆を少し加える。いつものみそ汁とは違うが、鍋に野菜を入れて温める手順は慣れている。土台の料理があると、主食が変わっても献立を考えやすい。毎回まったく新しい食事を組み立てるほどの手間はかからず、外で選んだものも自然に食卓へ収まった。
パンを食べてみると、買うときに想像したより食べ応えがあった。スープを一緒に飲み、残りは明日に回した。出されたものを全部食べることも、決めた量で必ず止めることも、今日は必要なかった。食べ始める前には分からないことがあるので、食べながら決めればよいと思う。袋へ戻す前にパンが冷めたのを確かめ、保存の準備をした。こうしておけば明日の一食にまた使える。
夕食後、ノートを開く前にかばんの中を片付けた。紙袋の端に小さな粉が落ちていて、今日買ったものを思い出す。体重の記録だけなら残らないような出来事だが、自分にとっては一日の中で印象に残る部分だった。日記に食べ物を書くのも、反省点を見つけるためだけではない。どこで何を選び、どう食べたかが分かると、読み返したときに普通の日がちゃんと戻ってくる。
今日は少し長く歩いたが、明日も同じだけ動くとは決めていない。足に疲れが残れば用事を近くで済ませるし、気が向けば別の道を選ぶ。記録を始めたころより、こうした余地を残せるようになった。食事も外出も数字へ変えない部分があってよい。体重は朝に書いた事実として置き、その日の面白さまで同じものさしで測らない。今夜のノートには、花の色とパンの香りが先に浮かんだ。
最後に明日の冷凍ごはんを確かめ、残したパンの袋を手前へ置いた。食事の定番と、外で買ってきたものが一緒に並んでいる。どちらかを特別扱いせず、食べたいほうから使えばよいだろう。今日は外へ出て、途中で休み、普段と違う夕食を食べた。大きな出来事はなくても、一つの文章として残すには十分な一日だった。上着を掛けて窓を閉め、あとはゆっくり座って過ごすことにした。
