火を使わない昼の支度
今朝の体重は63.2kg。今日は台所に長く立ちたくなかったので、昼は火を使わずに用意した。冷凍してあるごはんを温め、その間に豆腐を器へ移し、キャベツを切った。調理と呼ぶほどの作業ではないが、順番が決まっていると手が止まらない。冷たい物を食べる日も、何をどの器に盛るかを先に考えると、食卓が散らからずに済む。
キャベツにはツナを合わせた。今日は細く切るのをやめ、食べやすい大きさにちぎった。毎回同じ切り方にしなければいけない理由は特にない。細かな千切りを作るのが面倒で、野菜を後回しにしていた日を思い出した。食べやすさと自分が準備しやすい形を両方考えればよい。少し不ぞろいでも、食卓に並べてしまえば気にならなかった。
納豆はごはんにのせず、別の器で食べた。いつもの食材でも盛り方を変えると、一つずつ食べる感じになる。食事を急いでいる日は、何でもごはんにまとめてしまいがちだ。今日は器を置いてから座るまでに一度台所を見回し、使った袋を片づけた。食べながら片づけの続きを考えなくてよい状態は、想像以上に落ち着く。支度の終わりをはっきり作れた。
一日二食の形を続けているが、暑い時期だから食事の回数まで変えるとは決めていない。空腹の感じや予定が違えば、その日に合わせる。今日は午後に果物を少し食べた。食事の外で何か口にしたことより、そのとき何をしていたかをメモした。洗濯物を取り込んだあとにひと息つきたかったのだと思う。生活の区切りとして食べている場面もある。
以前は夏向きのダイエットという言葉を見るたび、新しい方法を試したくなった。飲み物を主役にしたり、同じ物を続けて食べたりもしたが、台所の使い方が大きく変わると元へ戻りやすかった。今は食材の顔ぶれを急に変えるより、調理の手間を軽くするほうが扱いやすい。今日は火を使わない一食を作れた。それだけの工夫でも、一日の負担は違っていた。
サプリメントも、食事の偏りを補うものとして普段の位置に置いている。容器をいくつも並べていた時期より、何を使っているか確かめやすくなった。食事の記録と一緒に残しておけば、飲んだかどうかを後で思い出そうとしなくて済む。食材の準備を省いた分、これだけで大丈夫だと考えることはしない。献立を見ながら補う、という距離感は変えていない。
夕方は少し風があり、買い物のついでにいつもと違う道を通った。歩くためだけに予定を一つ追加するより、帰り道を変えるほうが気が重くならない。店の前で立ち止まり、飲み物を買うか迷ったが、家にあるお茶のことを思い出して帰った。我慢できたというより、冷蔵庫の中身を覚えていたから選び直せた。その程度のことも記録には残してよさそうだ。
夜は温かいみそ汁を作った。昼に火を使わなかったから、夜もそうしなければということはない。豆腐ときのこを入れ、あとはごはんと昼に残したキャベツを並べた。別々の料理をいくつも作らなくても、汁物があると食卓がまとまる。鍋を洗う手間はあるが、今日はそれを面倒に感じなかった。一日の中で、楽をする場所を動かしてもいいと思った。
食後に、余っている食材を確認した。冷たい料理に使うつもりで買った物も、明日は別の使い方に変えてよい。暑い日はこれを食べる、と先に決めすぎると、その日の食欲と合わないときに困る。決まった食材を土台にして、温かくするか冷たくするかだけ選ぶ。今のところ、その二択くらいが気楽だった。新しい献立を探す時間も少なくなっている。
今日は体重以外に特別な数字をつけなかった。火を使わない昼食と、温かい夜のみそ汁。その違いを書いておけば、同じ食材で何をしたかは十分わかる。毎日きちんと作ることの基準が、以前より少し穏やかになった。手の込んだ料理をした日だけをよい日にすると、普段の日が残らない。今日の簡単な一食も、次に面倒に感じたときの候補として残しておく。
