年末も特別な献立にしなかった
朝の体重は60.8kg。今年最後に残す予定の記録なので、少し前のページから読み返した。毎回の変化は小さく、同じくらいの数字が何度も並んでいる。増えた日もあり、長く動いていないように感じた日もあった。それでも年の初めから順に見ると、急いで変えようとしなかった時間が残っている。今日は来年の目標を考える前に、この一年の支度を振り返ることにした。
一食目はごはん、納豆、豆腐とキャベツのみそ汁。年末だからといって特別な食事にはしなかった。冷蔵庫にある物を使い、食べ終えたら器を洗う。その流れが普通にできることに、今日は少し助けられた。用事の多い時期は、食べる内容まで毎回考えると気持ちが散らかる。いつもの献立があると、別の用事を済ませたあとに戻る場所が決まっている。
今年試したことのうち、すぐ思い出したのは作り置きだった。数日分をまとめる方法は、自分には容器の管理が少し重かった。今は次の一食に使う分だけ切ることが多い。手間が減った日もあれば、料理をする回数は同じ日もある。ただ、食べ切らなければと急ぐことは少なくなった。便利かどうかを、調理の時間だけで決めなくなったのが大きな違いかもしれない。
歩数アプリを見る順番も変わった。先に数字を確認すると、足りない分を埋めるために道を選びがちだった。今は用事を済ませて帰ってから見る日が多い。家にいる日まで同じ数字を作ろうとはしなくなった。道の途中に日陰があったことや、買い物袋が重かったことも、短く書けばその日の記録になる。運動を続けるための道具と、自分の暮らしの順番を直した年だった。
台所では、道具を取りやすくしたことが残っている。小鍋を出すためにほかの物を動かさなくなり、ツナ缶の数も見ただけでわかるようになった。料理を上手にする工夫とは少し違うが、食べるまでに面倒だと感じる場所は減った。簡単な食事が続く理由は、献立そのものだけではない。使う物の置き場所を含めて、一食の支度ができているのだとわかった。
一日二食という形も、毎日を同じ条件にそろえるためには使わなくなった。外で食べる日は時刻が変わり、間に何か食べる日もある。その都度、食べた物をそのまま書いた。決めた形から外れた日を空欄にすると、読み返したときに生活の一部が抜けてしまう。今日は間食をしなかった、という事実も、食べた日の記録と同じくらいの重さで残す。それ以上の評価は付けない。
食事の偏りをサプリメントで補う習慣は、今の流れに収まっている。食べた内容と一緒に確認する形にしてから、記憶をたどる時間が減った。いろいろな方法を試しても、最後に残るのは普段の二食を整える動作だと感じる。ごはんを用意し、汁物を作り、手元の食材を使う。その流れに補う物も置く。自分にとっては、派手さより日々扱いやすいことが大きい。
夜はツナとキャベツを温め、ごはんと冷ややっこを添えた。用意しながら冷蔵庫を確かめ、年内に使いたい物だけ紙に書いた。全部をなくしてから年を越さなければとは思わない。食事の予定に合う分を使い、残る物はどこにあるかわかるようにする。食品棚を片づけたときに、早く減らすことより把握できることが自分には必要だとわかった。そのやり方を今日も使った。
食後に記録帳の余白へ、続いていることを三つだけ書いた。二食の支度、使った食材の確認、気になった日の短いメモ。新しい方法の名前を並べるより、実際に手を動かしていることを書いたほうが、一年の形に近かった。途中でやめた工夫も、無駄だったと消さずに置いてある。自分には細かすぎたとわかったことも、次に何か試すときの手がかりになる。
来年の数字は今日は決めなかった。明日も同じ物を食べるかもしれないし、外で違う物を食べるかもしれない。どちらでも、帰ってきたあとに普段の支度ができればよい。今日の二食を記入し、体重の欄を見直してから、使った鍋が乾いていることを確かめた。年末の記録も、食べて片づけた一日として終わる。今夜はここまでにして、続きはまたその日に書く。
