買い足す前に、棚の中を確かめる
今朝は60.3kgだった。食材を買いに行く前に、冷蔵庫と食品の棚を開けた。買い物のメモには納豆と豆腐だけ書いていたが、棚の奥からツナ缶が見つかった。前に使い切ったと思い込んでいたものだ。新しい献立を考える前に、今あるものを知る。その順番に変えるだけで、今日の買い物は短く済みそうだった。
一日二食の生活では、食材の種類を増やしすぎると使い切るのが難しい。食べたい気持ちで野菜をいくつも買っても、最後に急いで鍋へ入れることがあった。今回はキャベツが残っているので、追加の葉物は少なめにした。献立の見栄えよりも、買ったものを落ち着いて食べられる量を考えるようになってきた。
昼はごはん、納豆、キャベツと豆腐のみそ汁。キャベツの芯に近いところを薄く切って入れると、葉とは違う歯ざわりになった。使いかけが冷蔵庫にあると少し気になるが、汁物の具が決まっていると思えば便利でもある。今日は全部を使い切ろうとせず、夕食に回す分を残して袋の口を閉じた。
以前、食べたものを細かく数値にしようとしていた時期がある。買い物中にも表示を見比べ、家へ帰る頃には疲れていた。今でも表示は見るが、すべてを記録するほどにはしていない。自分が実際に食べるものの傾向を知るために確認している。数字を埋める作業が増えて食事が面倒になるなら、少しやり方を戻す。
サプリメントも今日は残量を確認した。ふだんの食事だけで偏りがないと言い切れるわけではなく、足りない部分を補うつもりで使っている。ただ、何が足りているかを気分だけで決めるのも違うと思う。いつも同じ食品に寄っていないか、まずメモを見る。新しいものを次々加えるより、食事と一緒に把握できる形を保ちたい。
買い物に出ると、店頭には季節の菓子がまとまっていた。少し迷って、小さいものを一つ買った。目に入るものを全部我慢する形だと、あとでそのことばかり考えやすい。今日は夕食のあとに食べることにして、食品とは別の場所へしまった。菓子を買った事実だけで一日を失敗扱いにしないようにしている。
午後に食品棚を拭いたとき、買い置きの置き方も直した。同じものを縦に重ねると奥が見えないので、手前から数がわかるように並べた。買い物の直前に扉を開ければ、足りないものだけ見える。生活を変える大きな決まりより、こういう小さな見落としを減らすほうが、自分には確かな手応えがある。
夕食は残しておいたキャベツを温め、ツナと合わせた。ごはんを盛り、豆腐を小皿に出したら、それで食卓が整った。昼と材料が重なっていても、温かさや調味料が違うので、思ったほど単調ではない。食後に買ってきた菓子を食べた。袋を片づけたらそこで終わりにでき、ほかの食べ物を探すことはなかった。
買い物袋を片づけるとき、レシートも見た。同じ材料をよく買うので、何が減るのが早いかだいたいわかってきた。それでも毎回同じ量にはしない。外で食べる予定がある週と、家で食べることが多い週では残り方が違う。予定を細かく決めすぎず、数日分の様子を見て買うくらいにすると、冷蔵庫にも自分の気持ちにも余裕がある。
食べるものが決まっている安心感と、食事に変化がある楽しさは、どちらも残したい。今日買わなかった食材を、次回まで禁止するわけではない。目についたものを一つ試して、合わなければ戻せる程度の余白があればよい。毎日の食事を大きな選択にしないで、棚にあるものから一皿を作る。今の自分には、そのくらいの判断の重さがちょうどいい。
夜の記録には、買ったものと使ったものを短く書いた。体重が下がった理由を一つに決めるための欄は作っていない。棚から缶詰が出てきたことも、菓子を食べたことも、同じ日の生活として並べる。明日は今日の残りをどう食べるか考えればよい。冷蔵庫の扉を開けたときに、食材が見渡せるくらいの余白を残しておきたい。
