秋の入り口、冷凍ごはんを並べ直す
朝に量った体重は58.0kg。九月に入っても昼間は暑いが、夕方に窓を開けると少し空気が軽い。体重の数字を書いたあと、昨日の食事と就寝時刻を短く残した。記録を始めたころよりノートの文字は減っている。細かく説明しなくても、だいたいの一日を思い出せるようになった。今日は食事を変えるより、冷凍庫の中を使いやすくすることにした。
冷凍ごはんが奥に積み重なり、いつ炊いたものか分かりにくくなっていた。全部出して日付順に並べ、古いものを手前に置いた。量も形も微妙に違っているが、食べるときに困るほどではない。以前なら全部同じ重さにそろえ直したかもしれない。今は、忙しい日にも普通にごはんを食べられる状態になれば十分だと思っている。空いた場所に保冷剤が一つ収まった。
一食目は納豆ごはんと豆腐のみそ汁。冷蔵庫に残っていたねぎを刻み、汁の上に散らした。ごはんを温めている間に鍋を火にかければ、長く台所に立たなくても食卓が整う。この手順ができてから、一日二食の準備が面倒に感じる日は少なくなった。回数を守るために空腹を放っておくのではなく、自分の普段の生活にはこの形が収まりやすい、という程度の考えでいる。
午後はキャベツを洗って、使う分だけ切った。全部を千切りにすると、数日後には切り口が気になってくる。今夜の分は少し太くして蒸し、明日の分は葉のまま保存した。野菜の切り方にまで効率を求めていた時期もあったが、同じ食材をどう食べたいかは日によって違う。包丁を出す手間を減らすことと、毎日同じ状態のものを食べることは、別に考えてよさそうだ。
夕食では蒸したキャベツにツナをのせた。缶の汁をどこまで使うかは料理によって決め、今日は少し残して仕上げた。温かいごはんと並べると、それだけで食事らしくなる。料理名のある献立ばかりを作らなくてもよい。食べ終わってから物足りないかどうかを確かめ、今日はちょうどよかったのでそこで終えた。足りない日にまで同じ量へ合わせる必要はないと思っている。
サプリメントは、食事を済ませてから普段の置き場所を見た。いくつも試していたころと違い、今は足りない部分を補うものとして扱っている。これを飲んだから体重が動いた、と日記に結び付けることはしていない。ごはんを用意し、汁物を作り、買った食材を使う。その流れに無理なく加えられることが、自分には大切だった。派手さはないが続け方として落ち着いている。
夕方の買い物では、店先に並び始めたきのこを見た。いつもの食材だけで済ませる予定だったが、一袋買って帰った。次のみそ汁に使えばいい。献立が固定していると、変化をつけることまで余計に感じる場合がある。けれど、土台が決まっているからこそ、ひとつ違う材料を足す余裕もできる。毎日を完全に同じにする必要はなく、戻れる形があればよいのだろう。
帰宅後、以前使っていた食事の計量メモを見つけた。ごはん、調味料、油まで細かい数字が並んでいる。試してみたことで分かったことはあるが、毎回それを続けるのは自分には窮屈だった。いま手元に残しているのは、一度に炊く米の量と冷凍した日付ぐらいだ。やめた項目があるからといって、その時期が無駄だったわけではない。必要な部分だけ今の台所に残っている。
夜は特別な運動をせず、洗った容器を拭いて棚に戻した。歩数を増やすために外へ出ようかとも思ったが、少し眠気があったので片付けを終えて休むことにした。以前は一日の最後に帳尻を合わせるような行動が多かった。食べた分を何かで消す、という考え方から離れると、夜の時間が静かになった。体重の変化も含めて、今日一日だけで結論を出さずに済んでいる。
冷凍庫を開けると、ごはんの包みが手前に見える。明日の一食を迷わず始められる、それだけのことが少し心地よい。日記には体重の横へ「冷凍庫を整理」と書いた。何かを我慢した記録よりも、食べるための準備をした記録が増えてきた。秋の始まりに大きな目標を追加する予定はない。今ある食事を作り、季節のものを少し買い足しながら、しばらくこの形で過ごしてみる。

