九月のノートと、空の保存容器
今朝の体重は57.7kg。九月の最後の記録をつけるため、ノートを一ページ戻した。月初から大きく生活を変えたわけではなく、外で食べた日も、夕食が遅くなった日もある。数字だけをつなぐと整った線に見えるが、毎日の中身はもう少しばらばらだ。書き込まれている短い言葉を読むと、その日の台所の様子まで思い出す。今日は空になった保存容器を整理しながら月を振り返った。
容器のふたが、本体と別の引き出しへ入り込んでいた。形の似たものが多く、使いたいときに組み合わせを探している。全部を棚に出して合わせ、今よく使うものを前に置いた。使っていない大きな容器は奥へ移す。食事を整えるというと献立の話になりやすいが、自分の場合はこんな小さな不便を減らすほうが先に効くことがある。作る前から面倒になる原因を一つ減らせた。
一食目は冷凍ごはんを温め、納豆を混ぜて食べた。みそ汁にはきのことわかめを入れた。少し肌寒く感じたので、いつもよりゆっくり汁を飲む。朝から何種類ものおかずを用意できる日ではないが、温かいものがあるだけで急いで食べる感じが薄れる。一日二食という普段の形も、時刻まできっちり固定してはいない。用事に合わせて多少前後するので、今日もその範囲で済ませた。
ノートの前半には、夜更かしした翌日の記録が何度かあった。その横に「甘いものを探した」とも書いている。だから必ずそうなると決めつけるつもりはないが、自分が落ち着かず台所をのぞいていたことは確かだ。食べ物の種類を増減することばかり考えるより、眠るまでの時間の使い方も見たほうがよさそうだ。今夜は動画を見始める前に洗い物を終える、と小さく決めた。
昼過ぎに残っていたせんべいを一枚食べた。袋を閉じ、麦茶を入れて座る。間食を記録に書くことが、以前ほど面倒ではなくなった。食べたことをなかったことにしたくなるときは、食事の決まりが細かすぎたのかもしれない。今は書いても書かなくても自分を評価する材料にはしない。月に二度こうして長く振り返る日があるので、気になった出来事だけ忘れないよう残している。
夕食用にはキャベツと卵をさっと炒めた。ツナ缶を開ける予定だったが、冷蔵庫の卵を先に使いたかった。基本の献立を決めていても、必ずその通りにそろえる必要はない。買った食材を無駄にしないことも、続けるうえでは大事な都合だ。ごはんを添えて食べ、少し残った炒め物は明日に回した。保存容器のふたがすぐ見つかったので、片付けまでいつもより早かった。
食事だけで足りないと思う部分をサプリメントで補う方法は、このところ自分の中で落ち着いている。飲むものを次々と追加していたころは、どれを続けたいのか分からなくなった。今は食事を中心に置き、表示を見て手元のものを確かめるだけだ。栄養を意識するきっかけにはなるが、食材を選ぶ手間までなくなるわけではない。その区別がついてから、食卓を見る目も少し穏やかになった。
九月は運動の予定表を作らなかった。買い物や近所の用事で歩き、余裕がある日に少し遠回りした。以前設定していた回数のノルマは、雨の日まで気になってしまうのでやめている。歩くこと自体が嫌なのではなく、できなかった日の印を埋めるのが苦手だったらしい。何を試して何を外したか、三年近くの間にだいぶ分かってきた。残ったものが少なくても不十分だとは感じていない。
窓際に置いた麦茶のボトルを洗い、乾かした。夏には毎日のように作っていたが、これからは温かいお茶の出番も増えるだろう。生活の小さな切り替わりに合わせて、飲み物や料理が変わっていく。体重の目標だけを見ていたころは、こういう変化をあまり覚えていない。ノートに季節のことを書き足すと、減った量だけで一年を振り返らずに済む。今日の空気の冷たさも一行残した。
月末だからといって、明日から新しい方法を始めるつもりはない。空の容器をしまい、明日使う豆腐を冷蔵庫の手前へ出した。次の食事に取りかかりやすい状態で一日を終える。今月の数字には、そのぐらいの毎日が積み重なっている。ノートを閉じたあとは体重のことを考えず、読みかけの本を少し進める予定だ。記録は生活の一部として、ここまでにしておく。
