外で夕食を食べた翌日も、普通の献立
朝に量った体重は56.4kg。昨日は夕食を外で食べ、帰りも普段より遅くなった。今朝は少し眠かったが、起きたあとに体重を一度だけ量り、いつものノートへ書いた。外食をした翌日にどうするか、以前はいくつも決まりを作っていた。今日はそのどれも使わず、まずお湯を沸かした。温かいお茶を飲みながら、冷蔵庫に何があるか思い出していた。
昨日の夕食では、普段作らない料理を食べた。揚げたものもあり、ごはんも普通に食べた。食事の途中で量を計算することはせず、味や温かさを覚えている。外で食べた日まで家の献立へ合わせようとすると、せっかく選べる場面で迷いが増える。今はそういう食事も生活の中に含めている。毎日が同じでなくても、次の日に台所へ戻れるなら、それほど大きな出来事にはならない。
一食目はごはん、納豆、豆腐のみそ汁にした。昨日の分を埋め合わせるための軽いもの、という位置付けにはしない。自分が朝の用事を済ませて食べたかった内容だ。ごはんを温める間に汁物ができ、食卓へ運ぶ。台所に立ち始めるまで少しぼんやりしていたが、手順が決まっているので動き出せた。いつもの食材があることは、気持ちを切り替えるためにも役に立っている。
以前は、外でたくさん食べた翌日に主食を抜いたことがあった。そのあと空腹が強くなり、落ち着かず何かをつまんだ日もある。自分にはその調整の仕方が合わなかった。いまは前日の食事を取り消すことを考えず、今日の空腹や予定に合わせて食べるようになった。過去を振り返っても、無理に締め付けた日のほうが記憶に残っている。淡々と続く日を増やしたいなら、急な変更は少ないほうがよい。
午後はたまっていた紙類を片付けた。十二月らしい案内や古いレシートが混ざっていて、一つずつ目を通すと時間がかかる。座りっぱなしになったので、途中でお茶を入れに立った。運動したことに数えるほどではないが、体を動かしてから机へ戻ると少し気分が変わる。昨日の外食を理由に長く歩く予定は入れていない。今日は今日の用事を、途中で休みながら進めた。
補助として使っているサプリメントも、いつもの扱いのままにした。外食で食材が違ったからといって、その日に足すものを増やすわけではない。食事で気になる不足を補いながら、普段の献立を整える形が自分には続けやすい。何かを飲めば食べた内容を帳消しにできるとは思っていない。台所に戻ってごはんを作る。その普通の流れを崩さないためにも、補助に大きな役割を背負わせずにいる。
夕方、キャベツをざく切りにしてフライパンへ入れた。ツナを合わせ、少量の水を足してふたをする。火にかけている間に食器を出せば、夕食の準備はほとんど終わる。昨日は外の料理を楽しみ、今日は家の簡単な料理を食べる。どちらかを特別によい食事、悪い食事と分ける必要はないと思う。料理の違いがあるから、家の食事の気楽さにもまた気づけるのだろう。
食べ終えたあと、少し甘いものが欲しくなり、小さな菓子をお茶と一緒に食べた。袋のまま立って食べるより、皿に置いて座ると気持ちが落ち着く。これは自分の都合で始めたことで、毎回守る規則にはしていない。食べた量を反省する前に、食べる時間をちゃんと取れたか考えるようになった。年末は予定がずれやすいので、こういう小さな落ち着きどころがあると助かる。
夜になると今朝の眠さが残っている感じがして、片付けは必要な分だけにした。年内に終わらせたいことを並べるときりがない。体重や食事まで一緒に年末の課題へ加えるのは、今は避けたい。明日使うごはんを確かめ、流しを空けたところで終わりにする。食事の記録と同じで、全部を細かく整えようとしないほうが、次の日にも手をつけやすい状態を残せる。
日記には昨日の料理名を少し書き、その下に今日のみそ汁と蒸しキャベツを残した。外食と普段の食事が同じページに並ぶと、どちらも日常の一部に見える。体重は一つの数値として記録し、それ以上の評価は付けなかった。昨日を調整するために使わず、今日の一日を普通に過ごせた。部屋の明かりを少し落とし、お茶のカップを片付けたら、今夜は早めに横になるつもりだ。

